ゲームプログラマのエリートが世界に羽ばたく感動巨編!
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【2013.06.29 Saturday 】 author : スポンサードリンク
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一人ぼっちの転職記〜始動〜
転職活動を始めることになった。

転職自体は学生時代の就職活動が終わった直後からすでに意識していたことではあった。
ゲーム開発の仕事に就くことが決まってから、当然自分のキャリアパスを考えるし、五年後の姿というものを意識していた。
当たり前だが僕は人の上に立つ。
テクニカルディレクターだとかチーフエンジニアだとかリードプログラマだとか……肩書きは各社それぞれだが、技術者としてキャリアを積んでいく以上、そういった自分の未来をちゃんと見つめていなくては駄目だと思っていた。将来のビジョンを描いた時に、色んな会社の開発フローを経験して自分の中で開発のパターンみたいなものを蓄積していくということは、必ず通らなければいけない道だと考えていた。
ただ、とはいえ、まず3年は今の会社で働くという意思があった。
一般的に4大を出て社会人になる年齢が22歳。そこから3年働くと丁度25歳。20代の折り返しということで、丁度良かろうと。
「最初の3年は勉強だよね!」などと当時話していた友達もいた。
でもその友達はすぐ転職してしまった。

3年という自分の中の勝手な区切りもあり、この夏の転職は自分の中では想定外のことだった。
動機は実にポジティブでも、きっかけは往々にしてネガティブなものである。
まだちょっと先の事として捉えていたというのが正直なところで、右も左も分からず、手探り状態で始めた転職活動。
そんな僕の孤独な転職活動の記録を綴っていく。
題して、「一人ぼっちの転職記」


まず手始めに転職ポータルサイトに登録してみた。
Find Job!!だとか、リクナビNEXTだとか、イーキャリアだとか、エンジャパンだとかそういうのである。
ウェブ上で自分のキャリアシートを書いて、後は任意の企業のチェックボックスにチェックを付けて送信ボタンを押すだけ。これだけでエントリー完了だと説明されていた。
便利な時代だ。
しかもそれだけじゃなく転職ポータルサイトというものはスカウトという未知の機能を備えていた。
キャリアシートを書いて公開しておくだけで、応募しなくても企業側からアプローチを掛けてくれるというのである。素晴らしい!!
早速、キャリアシートを公開してみた。
ポンポンポンッとスカウトが来た。

どれも……パッとしなかった……。(プロジェクトX風)

「どすこいさんはゲームのお仕事を探していらっしゃるのですね。弊社は車関係の仕事うんぬん……クリエイティブな職場という意味では通じるところがあると思うので是非一度弊社へうんぬん」

メールに目を通すのもおっくうになってきたのでスカウトは使わないことにした。
やはり、次のキャリアは自分の足で見つけよう……
そう思った猛暑の昼下がり。
【2007.10.31 Wednesday 00:00】 author : どすこい
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届けたい想いがある・・・それだけのことだった
「ゲーム開発」という仕事を生業にしている人間は沢山いる。
僕。僕の同僚。僕の友達。僕の友達の同僚。僕の同僚の友達。
そして僕とまったく関係が無い開発者も星の数ほどいる。
そういう数え切れない数の開発者が各々の人生の貴重な1コマを新しい娯楽を創るという行為に費やしているのだ。
そういった多くの、本当に多くの開発者たちの力によって、ユーザーの皆さんに毎日のように新作ゲームが届けられている。

ゲームを作る会社で開発業務をしている人は、基本的にゲーム開発者と称されるが、その内訳は実に多種多様だ。

・プログラムを打つ人
・絵を描く人
・モデルを造る人
・曲や効果音を作る人
・アイディアを考える人
・シナリオを書く人
・ルールを決める人
・全体をまとめる人
・機械を作る人なんかもいる。

これらが専任の人もいれば兼任の人もいる。
プログラムを打つ人も、さらに細かく分けることができ、アプリケーションサイド(ゲームサイド)のプログラムを担当する人もいれば、ツールサイドのプログラムを担当する人や、ライブラリサイドのプログラムを担当する人もいる。
さらに言えば、アプリケーションサイドのプログラムを担当する人の中にも、ユーザーサイドのプログラムを担当する人もいれば、エンジンサイドのプログラムを担当する人もいる。

ゲームを作る会社の人もいれば、ゲームを作りやすくする為のツールを作る会社の人も、難しいテクノロジーを簡単にゲームに応用できるようにミドルウェア(ライブラリ)を専門で作る会社の人もいる。
プログラマーだけでも、このように分類でき、他の職種も同様に細かく分けていくことが可能である。デザイナーの中にも、2D担当や3D担当、インターフェースデザインや、キャラクターデザイン、デザインコンセプトを考える人や、使用するツールを決定するようなデザイナーの中でのディレクションを行う人もいる。

色々な人がゲーム開発者としてゲーム業界という世界の中で仕事をしているのだ。
上記の細かい分類は主に業務内容、役割という意味での多種多様性を示したものである。
このあたりの内訳に関する記述は、一般的にゲームを作るという仕事の内訳が語られる場合などと大差無いのではないかと思う。別に僕が分類したわけではないし、業界内では一般的な理解だと認識している。

でも、ゲーム開発者は多種多様……という話をするときには、上記の例のように役割による分類以外の分類も非常に多く存在しているのだ。

・ゲーム史に残ったゲームを創る人
・有名なゲームを創る人
・聞いたことある程度の知名度はあるゲームを創る人
・まったく無名なゲームを創る人
・ゲーム(商品)を創らない人
・オリジナルのゲームを創る人

とかである。

・初週100万本売れるゲームに名前を残す人
・最終的に100万本売れるゲームに名前を残す人
・何十万本か売れるゲームに名前を残す人
・何万本か売れるゲームに名前を残す人
・売り上げランキングには自分の創ったゲームが載らない人
・名前を残さない(残せない)人

という分類も考えられる。
どの分類に属しているから良くて、どの分類に属しているから悪いというのは無いと思っている。
開発者それぞれの価値観で、ゲーム史に残る100万本ゲームを創ったことが、売り上げランキングに載らないオリジナルゲームを創ることより、価値があると考える開発者もいるだろうし、逆に売り上げは良くなかったけど、オリジナルゲームを創ったことに何より誇りや使命感を感じる開発者もいるだろう。

また

・自社で開発から販売までを行う
・クライアントへ開発を提案する
・クライアントから開発を受注する
・それらの下請け

などの分類もあるだろう。開発しているのか、開発させられているのか、開発させてもらっているのか、会社同士の力関係のなかで、おなじ「ゲーム開発者」のスタンスも様々である。ここは、できることなら「開発している」状態でいたいものである。


僕は、今まで開発したゲームは少なくとも「開発している」状態だった。
二桁万本程度は売れるゲームだった。自分のキャリアとして不満を感じるようなものではなかった。
でも、新たに始まったプロジェクトはそうではなかった。
原作付きで、ただスケジュールどうりに作って売るだけの、非常に政治的な色合いが濃いゲームだった。
テンションがすごーーーーーーーく下がった。本当に下がった。原作自体も、けして万人向けとは言い難いものだった。
しかし、同時にそのプロジェクトのターゲット(原作ファン)というユーザーがいる以上、そこに届くものを作ることだけ考えるべきだという想いもあり、狭間で揺れ動く想いは日に日に増していった。

作りたいゲームだけ作れるわけじゃない!!

「僕の人生捧げられない、僕がわざわざ作るようなゲームじゃない」なんて生意気なことを言い出す奴がいたら、僕も条件反射的にこう言ってしまうだろう。
プロジェクトをえり好みするなんて、すごく利己主義で傲慢な発想だと思う。
でも、この世の中にはただ弾数が欲しいから、とりあえず作られるゲームがあるのも事実……。
そんな残念なプロジェクトが目の前に訪れて、僕の中の葛藤は一つの臨界点を迎えた……。


今年に入ってから、ずっと考えていた事がある。
例えば、地元に帰って、友達と会った時などに、自分の仕事の話をすると、やはり一般的には少し珍しい仕事ということもあり、驚かれたり、誉められたり、皆の興味をビンビン感じるのだ。
でも、実際に自分が関わったゲームを教えると、やっぱり僕が作ったゲームのことを知ってる人間より知らない人間のほうが圧倒的に多い。
ゲームを日常的に遊んでいない、いわゆるライトユーザーたちなので、その反応が当然といえば当然なのかもしれない。
でも、彼ら彼女らは、僕の作ったゲームでは遊んでいなくても、脳トレは遊んでる。
ポケットモンスターやドラゴンクエスト、ファイナルファンタジーを知っているし、遊んだこともまず間違いなくある。
このブログを読んでくれている人も同様だろう。きっと僕の作ったゲームを言ってもまったく聞いたことが無いって思う人がいるだろうし、でもその人はピカチュウを知ってるし、たまごっちを知ってるのだと思う。
それが、ゲーム開発者としての大きな葛藤だった……。

僕は人生の中で色んな人と出会ってきた。
同級生、学校の先生、先輩、後輩、戦友、僕を支えてくれた人たち、親、祖父母、兄弟、幼馴染、親戚、そしてあなた。
ゲームっていうのは、自分の作った「楽しい」を地球上のあらゆる人に届けられる可能性がある本当恵まれた産業だと思っている。言葉が通じないのに、その土地に行った事が無いのに、自分のゲームで誰かが喜んでくれているのだ。
でもそんな恵まれた産業の中で、紛れも無く一人の開発者としてとして存在している僕は、まだ自分の親しい人にすら自分の作ったゲームを届けられていない。




どれほどのスピードでゲームを作れば、僕は、あなたに「楽しい」を届けられますか……





転職を決意した。
まだセミも元気な8月のことだった。
【2007.10.30 Tuesday 00:00】 author : どすこい
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SRD ゲーム事業部 就職試験
私の就職活動期間において、ある意味最も入りたかった会社が大阪にある。
新大阪のビル郡。私にとってそれほど馴染み深い場所ではありませんが、テレビで新大阪を見るたびに試験を受けたあの日を思い出す。
そして、経験を積んだら絶対もう一度挑戦しようと決意を燃やす会社。

株式会社エス・アール・ディー

表向きはCADのソフトを制作しているこの会社。
しかし、この会社の中のとある部署に私の第一希望は釘付けでした。

ゲーム事業部

完全な独立部署であるゲーム事業部。
年に1度も本社に出社することのないこの部署。
勤務地は京都。そう、言わずと知れた任天堂株式会社。

実質ファーストパーティー。
伝説のプログラマ集団。
任天堂の懐刀。


様々な形容詞を持つこの事業部。

ゼルダ・マリオ・動物の森・・・
任天堂の主力タイトルに参加というレベルではなくほぼ中心として携わっている人たち。
マリオブラザーズから始まって風のタクトまで、スタッフロールを見るとメインプログラマーやプログラミングディレクターに名を連ねるSRDの社員の方々。

カッコよすぎ。


そんな素晴らしいポジションの仲間入りがしたくて、本格的な夏が来るちょっと前のある晴れた日に私はこの会社の門を叩きました。

受付(とは名ばかりの内線電話)で試験を受けに来た旨を伝えると、奥の試験会場へ案内された。
私のほかにも6〜7名ほど受験者が居た。

ふと壁に目をやるとゼルダのポスターがずらっと貼ってありました。
その全てにシゲル・ミヤモトのサインとメッセージが添えてありました。
『ありがとうSRDさん』みたいな感じで。
そんなポスターの一つにゼルダの伝説ムジュラの仮面がありました。
キャッチコピーの『こんどのゼルダは恐怖がある(うろ覚え)』恐怖があるの部分が斜線で消されていて横にシゲル・ミヤモトの字で止まるかもって書いてあったのが印象的でした。

ポスターを見て興奮していたら、いつのまにかセミナーが始まりました。

10名弱の受験者でまずは社長のありがたいお話を拝聴する。

CAD事業とゲーム事業の二つの柱で頑張っているとか、でもゲームの何が面白いのかわかんないだとか、ソワソワする話を聞けた。
その後、別の取締役の方から、会社の雇用システムの話を伺う。
ゲーム事業部には年収4桁万円の人が結構居るよ〜という話には心躍った。サンバ。

いろいろな話を聞いた後、筆記試験開始。


理系を専攻している大学生には難なく解ける問題ばかり出た。
ただ一つ残念なのは、私が理系を専攻している大学生では無いということだ。

f(x)について導関数を求めろって言われても求められません。
そもそも導関数って何っていう次元を生きてごめんなさい。

導関数の他にも極大値、極小値、滑車の運動、直線と平面の交点、引力、などなど物理と数学ばかり。
SPIも一般常識も、英語も社会情勢も無いです。とにかく数学と物理。
私にとっては、任天よりインテリより、どの採用試験よりも一番難しい試験でした。
白紙だらけ。あまりにも手ごたえがなくて笑った。

坂道に置かれた剛体に対して、どの方向に摩擦が働いているか?みたいな問題に対して、震える右手で『右』と書いたところで試験終了。



新大阪の駅からちょっと歩いたところにある喫茶店の焼きソバを食べて帰ってきました。

大阪での思い出の味。
【2005.04.20 Wednesday 23:18】 author : どすこい
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インテリジェントシステムズ 就職試験
思い出話を一つ。


その日は、うっすらと曇り空だったのを今でも覚えています。

私はその日も京都駅に立っていました。
京都駅の構造も、もうすっかり覚えてしまいました。


第二、第三の故郷と言っても過言ではありません。たぶん。


電車にゆられ目的の場所へ。


『任天堂骨牌』
あまりにも有名なこの碑が埋め込まれている白塗りの壁。
どこまでも続く長い長い壁。
そう、ここは旧任天堂本社。
この壁の向こう側に、インテリジェントシステムズは入っています。


私は指定された時間よりも1時間ほど早く着きました。
あまり早く行き過ぎるのもどうかと思ったので、コンビニで本を読んでいました。

指定時間の20分前になったので、いざ決戦の場へ。

正門のすぐ横にある守衛所で到着する時間を記入します。
この時間が、なにか関係あるのでしょうか・・・

スモークガラスの自動ドアを抜け、受付へ。

『採用試験を受けさせて頂きに参りました』

と言うと、作品をあちらに置いて、係の案内に従ってください。といわれました。

作品を置き、案内に促され、奥の会議室へ。
既に何名かのリクルーターたちが座っていました。

座ってしばらく待っていると、貫禄のある役員の方のありがたいセミナーが始まりました。

インテリジェントシステムズの成り立ち、社員に求めるもの、任天堂との関係、電卓の話・・・etc。
どれもこれも興味深い話ばかりで、これを聞けただけでも来た甲斐があったと思いました。

セミナーに続いて、いよいよ筆記試験です。
プログラマーとそれ以外に別れました。

プログラマー志望の私は、指定された部屋で待機。

待機・・・

待機・・・・


ってプログラマ志望3人かよ!!!

あまりの人数の少なさにビックリしました。
さっきまでの大勢のリクルーター達はどこへ(´ω`)


驚きを隠しきれずにオロオロしていると先ほど前で喋っていた貫禄のある役員が登場。
試験用紙をノシノシとしたテンポで配り始める。


『それじゃあ頑張ってください』


そういい残して彼は去っていきました。


試験監督無しかよ!!!


お互いがお互いを監視するのかよ!!!!



試験の内容はというと、基本情報技術者試験とSPIの混血みたいな感じでした。
32bitで表現できる最大値はいくつか?とか、この数値を8進数に直せ!とか、そんな感じ。
英語も少々出ました。

問題はSPIっぽい方。
解き方を覚えて、早解きするのが勝負のはずなのに、内容が難しい。
正確にはメンドクサイ!

一問の中に複数の年齢算が入っていたりした。
Aさんの年齢を求めるためにBさんの年齢を求めるためにCさんの年齢を求める。など。

よし!SPIだ!と思って意気揚々と臨んだ私の勢いを一瞬でかき消すパワーを秘めているSPIたちでした。


必死で解いてるうちに、時間終了。
じゃあ、お疲れ様でしたと、貫禄のある役員に見送られて試験部屋を後にしました。

玄関へ帰る廊下を一人で歩いていると、階段を発見しました。
ここを駆け上ったら、何か変わるかもしれない。ほかのリクルーター達が見れない、経験できない体験が待っていることは明白でした。
でも、登れなかった。そんなこと出来るわけない。
この階段をどうどうと登れる日がくるといいなと思いながら、インテリジェントシステムズを後にしました。

帰りは電車を使わずに、京都駅まで歩いて帰りました。
良い経験、非日常の体験、そう自分に言い聞かせて帰りました。
遠かったけど。



もちろん、駅ビルの上層にあるラーメン街で、『肉玉そば』を食べました。
【2005.04.07 Thursday 20:14】 author : どすこい
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任天堂 就職 試験
就職活動をしていた頃の思い出話を一つ。


あの日は、まだ春風が冷たく感じる日でした。
とある会社の入社試験を受けるため、僕は京都にいました。
上鳥羽の駅を降りてほどなく歩くとそれはある。

真っ白で、完全な立方体。病院を彷彿とさせるその建物の名は『任天堂株式会社』


正門には守衛の詰所があり、不審者の監視をしている。
かくいう僕も捕まりました。


正面玄関を入ると、サッカーの試合が出来るんじゃないかって思うほどの広大な空間が広がっている。
無駄なくらい広いエントランス、ピカピカに磨かれた石の床、同じく柱。
圧倒的な現金を持つ企業が、その使い道に困って、とりあえず豪華にしてみましたって感じがプンプンしました。
そんな豪華で、だだっ広いエントランスに、ポツンと、本当にポツンと受付のカウンターがあります。

『試験を受けに参りました』

というと、あちらでお待ち下さい。と促された。

そこには座り心地の良いソファーが窓際にズラッと並んでいて、僕より早く来ていたリクルーターたちが、試験の瞬間を待っていた。


そして時は流れ、試験開始時間。
別室に案内される。


まずは名前を確認され、それぞれ予め決められた席へ案内される。

テーブルの上にはサンガリアのお茶(ペットボトル)が用意されていた。
ご自由にお飲み下さいと言われたが、飲んでる人は少なかった。



いざ、試験開始。

実にボリュームのある試験問題。1部と2部に分かれていた。

1部は一般常識。2部は専門性の高い問題だった。
ちなみに1部は決して一般常識では無かった。
もしくは、非常に高いレベルの人間の中での一般常識だったのかもしれない。

専門学校に通う基礎学力の皆無僕のような人間には解けるはずも無かった。

環境汚染に関する問題、英語、歴史問題、古文、社会情勢など、その範囲は多岐に渡り、とても事前に詰め込んだ知識だけでは、どうこう出来るものでは無かった。

人名リストの中から六歌仙を選ぶ問題や、作家と作品を結びつける問題(文学だったり音楽だったり)、その他数え切れないほどの一般常識が受験者を襲ってきた。

もちろん全てが全て難しかったわけではなく、中には簡単な問題もあった。

カードeリーダーの説明をしている文章を探す問題や、任天堂の経常利益を答える問題など、知ってれば苦も無く答えられる問題もあった。
でも、こういった問題で、ゲームオタクを判断して、逆に落としているのかも知れないね。

とにかく1部は鬼門。
出来の悪い学生にはオススメ出来ない。出来の良い学生は頑張ればいい。

もし一つだけアドバイスが出来るとしたら『捨てること』。
1部の中でもさらに2つに分かれている気がした。前半、超難問の一般常識、後半、SPI。

特に後半になればなるほど簡単だった。
因数分解、不等式、漢字の読み書き・・・etc。

普通に考えてたら、これらの問題にたどり着く前に時間がきてしまうので、対応策は一つ。

後ろからやれ。


2部は分岐します。僕はジャンル:情報でした。

ポールについてる旗をキー入力で上下に動かしましょう。C言語で。みたいな問題やまったく新しい入力デバイスを考え説明しましょう。みたいな問題が出まくった。
論文も出た。ゲームの今後?とかそんなお題だったと思われる。古い話なので覚えていない。
こちらはセンスの問題なので、入社試験の前日はユニークなことを考えて寝ましょう。くらいのアドバイスしか思いつきません。


そうこうしてるうちに試験終了。


受付に頭を下げて、会場を後にする。
サンガリアは記念に貰ってきた。




京都駅にキューブという巨大な駅ビルが建っている。
そこの上層の方にラーメン街がある。
店の名前は忘れたけど、そこに『肉玉そば』という麺が売っている。

思い出の味。
京都に行くと必ずそこで食べるようにしている。




『肉玉そば』を食べる度に、就職に全力を傾けていた、あの日々を思い出す・・・
【2005.04.04 Monday 21:44】 author : どすこい
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就職記 ゲーム業界
人生の岐路、ひとつの分岐点である就職。


就職活動を始めた学生達には、不安・焦り・緊張・さまざまな感情がうずまいているものです。

なんとか内定がほしい。
とにかく早く就職活動から解放されたい。

という人から

じーっくりと自分の将来を見据え、納得する企業から内定を出されるまで粘り強く就職活動する。

っていう人まで、そこには多種多様のドラマが生まれます。

僕も、毎年この季節になると就職活動していたあの日々を思い出します。
ちなみに今年は、あの日々を思い出した最初の年です。

あの頃の僕は、とにかく情報を欲していました。
人生において初めて経験することです。就職活動における動きなど、とにかくわからないことだらけでした。

『就職活動は情報戦だ』 どすこい(詩人)


基本的な企業情報はもちろんのこと、筆記の内容、面接で聞かれたこと、書類の郵送方法まで、実にさまざまな情報をかき集めていました。
今回の記事タイトルは当時、必死で検索していたキーワードです。

就職記 
就職活動
日記
ゲーム業界
就職

しかし、検索下手なのか、情報が世間に少なすぎるのか、ロクな情報を集められた思い出がありません。まだブログが流行っていなかった当時は、あまり就職活動に関する記事が世間に蔓延っていませんでした。
おもに『みんなの就職活動日記』とか『巨大なコミュニティーの就職板』とかから情報を掴み取るのが精一杯でした。

一生のうちで、あのころほど必死になることはひょっとしたらもう無いのかもしれません。それほど必死でした。

どうしても入りたい業界がありました。

どうしても携わりたい産業がありました。

どうしてもなりたい職業がありました。


履歴書は一枚4〜5時間かけて書きました。
京都の大きな会社へのエントリーシートには3日かけました。
特別なことだとは思っていません。まわりもみんなそうでした。
↑これらのことは当時は当たり前のことでしたが、今思い返すと、よくやったなぁ・・・と感心してしまいます。とてもめんどくさそうだ(´ω`)


長々と書いてきましたが、つまり何が言いたいのかというと


『リクルーター!君達の気持ちはよく分かる!!』




だから言いたい。
ありきたりな言葉を言いたい。

『君達は成功するべきだ』


成功するべきなんです。

共鳴を読んでくれている方の中に、就職活動中の人が何人いるか分かりません。一人も居ないことぐらい知っている。・゚・(ノД`)・゚・。
これを読んでいる人の知り合いに就職活動中の人がいるなら、伝えてあげてください。成功するべきだ。と。





あの頃と同じ風が吹き始めたので、すこし熱くなってしまいました。
今は反省している。
【2005.04.03 Sunday 23:59】 author : どすこい
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☆ 無断リンク歓迎 ☆